喩えて言うと、切羽詰まった質問者というのは、「雷に怯える子供」のようなものなのである。正体不明の現象を前にして、どうしてよいか分からず、ただ泣き叫ぶしかない状態。心が落ち着かず、困っている。
そんな彼らに対して、心を落ち着かせる最良の手段こそが、神話を説いて聞かせることなのである。すなわち、「雲の上には『雷さま』というものがいて、(雷さまの姿形を説明しながら)彼らが今、太鼓を叩いて雷を落としているのだ」と説明してやるのだ。
そうすると、それまでただ泣き叫ぶしかなかった子供たちは、落ち着きを取り戻すのである。雷への畏怖心は抱いたままであるが、泣き叫ぶほどの混乱からは、とりあえず回復する。雷の正体や風体が物語やビジュアルとして分かったことで、未知なるものへ抱いていた際限のない恐怖というのが取り払われ、それへの距離感を計れるようになるのである。
神話には、そういう効果があるのだった。
障害者への理解が進まないのは、障害者が、障害者以外の人と比べると「レッテルが貼りやすい」からなのである。障害者の人は、「障害」という際立った個性を有している。例えば右腕がない人は、パッと一目見ただけで「右腕がない」ということが分かる。身体障害だけではなく、知的障害だって、外見でパッと分かるケースが多い。
そして、パッと見て際立った個性がある人に対しては、レッテルが貼りやすいのである。多くの人間が、そこでまず「右腕がなくて大変そうだなあ」という感慨を抱く。これがレッテル貼りの第一歩なのだが、さらに進むと「いろいろ苦労してそうだな」という感慨になり、やがて「その分純粋なんだろうなあ」というありがちなトレードオフ的結論に落ち着くのである。
これが昔だと、「障害者だから性格がねじ曲がってる」という理路が一般的で、それに比べるとだいぶんましになったという考えもあるだろうが、しかしながら、レッテルを貼って「理解しようとしない」という意味では全く一緒であり、何の進展もしていない。これが、障害者への理解が進まない一番の理由である。
米Twitterは4月17日(現地時間)、新しい特許契約「Innovator’s Patent Agreement(IPA)」のドラフトを発表した。特許を訴訟の武器として使う最近の風潮を憂慮し、特許を本来の目的であるイノベーションの保護にのみ役立てることが目的としている。
同社がGitHubで公開したドラフトによると「IPAは特許を(発明者である)エンジニアおよびデザイナーのコントロール下に保つための新たな特許契約方式」で、「Twitterは発明者の同意なしには特許を攻撃的な訴訟に利用することはない」という。ただし、自衛目的では同意なしに利用する。この契約は、Twitterが特許を他社に売却しても有効で、特許を買収した企業はその特許の訴訟での利用の際、発明者の同意を得る必要がある。
それで、下がって困るといっているのは、東電の発表を聞いているくらい嘘っぽい。
GDPが下がったら、福祉予算が下がるといわれても、若い人は、福祉も国家という巨大システムで再分配したらムダに使われるから、自分たちで福祉システムを小さく作ったほうがうまく動くと答える。